Home会員からの推薦図書

洋外紀略 安積艮斎

 安積艮斎(あさかごんさい 1790〜1860)をご存知の方も多くいらっしゃると思います。
 奥州二本松藩の郡山の安積国造神社の神職の家に生まれ、向学心から江戸に出奔し、林家に学び、幕府儒者・昌平黌教授となりました。また漢詩で名前をあげた人物でもあります。
 蘭学史・洋学史と関係あるのか、と思われるでしょうが、最近、艮斎の世界史的知識をもとにした海防論『洋外紀略』が出版されました(安藤智重訳注『洋外紀略』2017年3月、350ページ、2700円+税)。現代語訳文・読み下し文、語釈、原文(漢文)の構成で、読みやすいです。
 全三巻で、巻一は、ロシア・トルコ・ドイツ・スペイン・ポルトガル・フランス・イギリス・オランダ・シャム・ニューヨーク・コロンビアの比較的簡略な歴史叙述であり、巻二はコロンブス、ワシントン、キンスベルゲン(オランダの海軍軍人、英蘭戦争で活躍)の伝記、互市(交易)やキリスト教に関する論評、巻三は、艮斎の海防論(当時として幕府に物申している、献策)です。
 成立は、嘉永元年(1848)で、もちろん、いわゆる「鎖国」時代当時の、情報的、思想的な限界はあります。
 確かに、最先端の海外情報は、長崎や北方から入ってきて、いわゆる蘭学者が入手し、分析・考察しましたが(拙稿『江戸のナポレオン伝説』、同『江戸の海外情報ネットワーク』)、儒学の大家が、どの程度海外情報を知っていたのかは、もっと知られてもいいと思います。なぜなら、江戸時代は、儒者のほうが権力に近く、各種情報に接しやすかったようですし、権力に献策するのも比較的容易だったからです(ただ、私見では、蘭学者も儒学を学んでおり、儒学だ、蘭学だと区別することもどうかなと思っています)。つまり政策決定にある程度は関与していた点で、もっと知られてもいいと思います。もちろん、これまでにもこうした点を解明した、前田勉『近世日本の儒学と兵学』、眞壁仁『江戸後期の学問と政治』などはありますし、知られていることではありますが、艮斎の『洋外紀略』はもっと知られてもよいと思います。
 さらにいえば、艮斎の弟子には、思いつくままにあげると、三島中州、小栗忠順、木村喜毅、秋月悌次郎、長井雅樂、木戸孝允、楫取素彦、吉田松陰、高杉晋作、清河八郎、吉田東洋、谷干城、岩崎弥太郎、前島密、中村敬宇、箕作麟祥、福地源一郎、神田幸平、宇田川興斎、佐藤尚中など。いわゆる洋学者もかなりいます。
 幕末維新史や日本の近代化に名前の出てくるような人々ばかりです。
 そうした点でも、『洋外紀略』の現代語訳文や読み下し文の出版はうれしい限りです。
 お勧めしたい一冊です。

東洋大学文学部教授 岩下哲典

ページトップへ
Design by Megapx  Template by sozai-dx.com
Copyright (C) FreeTmpl006 All Rights Reserved.